「2026 Asia Lacquer Culture Exchange Programme」に参加してきました
漆でアジアをつなぐ
韓国「2026 Asia Lacquer Culture Exchange Programme」に参加して
2026年6月、韓国で開催された「2026 Asia Lacquer Culture Exchange Programme」に参加してきました。
今回のプログラムは、ICHCAP(アジア太平洋無形文化遺産国際情報ネットワーキングセンター)とSeMoCA(ソウル工芸博物館)が主催したもので、韓国、日本、中国、ベトナム、タイ、ミャンマー、カンボジア、スリランカなど、アジア各地から漆文化に関わる研究者や職人、文化遺産の専門家が集まりました。
テーマは、
「Lacquer Culture as a Shared Heritage of Asia」
― アジアの共有遺産としての漆文化 ―
それぞれの国の漆文化の現在を知り、これからどのように守り、次の世代へつないでいくのかを考えるための3日間です。
「Urushi as Living Heritage」
初日はソウルで国際シンポジウムが開催されました。
私は日本からの参加者として、「Urushi as Living Heritage」というテーマで、堤淺吉漆店がこれまで取り組んできた活動についてお話ししました。
漆は、博物館の中に残していくだけの「過去の文化」ではありません。
木を植え、育て、樹液をいただき、ものをつくり、使い、直し、また次の世代へ手渡していく。
自然と人、人と人が関わり続けることで、今も変化しながら生きている文化だと私たちは考えています。
シンポジウムでは、韓国、中国、ベトナム、タイ、ミャンマー、カンボジア、スリランカなど、それぞれの地域の漆文化について発表を聞きました。
漆の木の種類も、採り方も、使い方も、つくられるものも違います。
しかし話を聞いていくと、もう一つの共通点が見えてきました。
それは、アジア各地の漆文化が、それぞれに厳しい状況に置かれていることです。
担い手が減っていること。
漆を使う暮らしが少なくなっていること。
原材料の生産や技術を次の世代へつないでいくことが難しくなっていること。
日本だけの問題だと思っていたことが、形は違ってもアジアのさまざまな地域で起きていました。
一方で、だからこそ今回のように、漆を通してアジアの人たちが出会うことには大きな意味があるのではないかと感じました。
それぞれの文化を一つにするのではなく、違いを知り、互いの知恵や経験を学び合う。
漆は、アジアをつなぐ文化になれる。
そして、漆そのものだけではなく、漆に関わる「人」が出会い、つながっていくことが、それぞれの漆文化の価値を高め、未来へつないでいく力になるのだと思いました。
日本とよく似た、韓国の漆掻き
翌日はソウルを離れ、原州(Wonju)へ。
ここでは実際に漆の木が育つ場所を訪れ、漆掻きの実演を見せてもらいました。公式プログラムでも、漆の植栽地での漆掻き実演や、伝統漆工芸センターでの工房見学・公開実演が組まれていました。
実際に見て驚いたのは、日本の漆掻きとよく似ていることでした。
漆の木に一つひとつ傷をつけ、そこから出てくるわずかな樹液を丁寧に採っていく。
国境を越えた場所で、日本と同じように木と向き合い、一本一本の漆を大切に採っている人たちがいる。
そして、漆の文化を残そうと熱心に取り組んでいる人たちがいる。
その姿を実際に見ることができたことに、とても感動しました。
火を使って漆を採る「火漆」
シンポジウムの中でもう一つ、とても印象に残ったものがありました。
発表の映像の中で、ウルシの木を火にあてながら漆を採っている光景が出てきたのです。
日本では見たことのない方法だったので、「これは一体どうやって採っているんだろう?」と、とても気になりました。その場では詳しく理解できなかったので、帰国してから改めて調べてみました。
これは韓国で「火漆(화칠/Hwachil)」と呼ばれている伝統的な漆の採取方法でした。
ソウル工芸博物館の資料によると、6月から9月に通常の方法で漆を採取した後のウルシの木を伐採し、火の熱を加えることで、木に残っている漆液を取り出します。南原や咸陽など、智異山周辺で伝承されてきた技術だそうです。
さらに調べてみると、火漆だけではなく、枝を水に浸して漆を採る「水漆」という方法も記録されていました。
同じウルシの木から樹液をいただく文化でも、日本とよく似た漆掻きがある一方で、こうした日本では馴染みのない採取方法もある。
同じところもあれば、違うところもある。
その違いは、長い時間をかけて、それぞれの土地の自然や暮らしの中で人々がウルシの木と付き合い、工夫を重ねてきた証でもあるように思います。
今回、韓国を訪れたことで、「漆文化を知っているつもりでも、自分が知っているのはその一部に過ぎない」と改めて感じました。
アジアには、まだまだ自分たちの知らない漆の知恵や文化があります。
だからこそ、実際に出会い、お互いの技術や文化を知ること自体が、漆文化を未来へつなぐことになるのではないか。
火漆との出会いも、今回の旅でそんなことを考えるきっかけの一つになりました。
漆だけではなく、その周りにある文化を見る
原州では工房や博物館を訪れ、金奉龍(Kim Bong-ryong)の展示も見学しました。
さらに参加者同士で、「アジアの共有遺産としての漆文化の価値と協力」について話し合う時間も設けられていました。
翌日は南原(Namwon)へ。
南原では漆工芸の施設だけでなく、木地をつくる現場も訪れました。
【写真:南原の漆工芸・木地づくり】
漆器は、漆だけではつくれません。
木を育てる人がいて、木を伐る人がいて、木地をつくる人がいて、漆を採る人がいて、精製する人がいて、塗る人がいる。
これは日本でも韓国でも同じです。
一つの工芸の背景には、自然とたくさんの人の仕事がつながっています。
だから漆だけを残そうとしても、漆文化は残りません。
漆を取り巻く自然、産業、技術、人のつながりそのものを、どう未来へつないでいくのか。
今回、韓国の現場を見ることで、普段私たちが日本で考えていることを、違う角度から見直すことができました。
漆でアジアをつなぐ
今回、一番大きかったのは、たくさんの「人」に出会えたことかもしれません。
国も、言葉も、漆との関わり方も違います。
それでも、「この文化を次の世代へ残したい」という思いには、多くの共通するものがありました。
シンポジウムの資料には、今回の目的の一つとして、アジア各地の漆文化を「Shared Heritage(共有遺産)」として捉え、国際的な協力やネットワークを育てていくことが掲げられています。
参加する前は、「アジアの共有遺産」という言葉を、どこか大きな概念として捉えていました。
でも3日間を一緒に過ごしてみて、その意味が少し分かったような気がします。
文化をつなぐのは、制度や技術だけではありません。
人と人が出会うこと。
互いの現場を見ること。
一緒に話し、食事をし、笑うこと。
そして、また会いたいと思うこと。
そんな小さなつながりの積み重ねが、文化を生きたものとして次の世代へつないでいくのだと思います。
漆は日本だけのものではありません。
何千年もの時間をかけて、アジアのさまざまな土地で、それぞれの漆文化が育まれてきました。
今、その多くが厳しい状況にあります。
だからこそ、それぞれが孤立して守ろうとするのではなく、互いに出会い、学び、刺激し合うことで、新しい可能性が生まれるのではないでしょうか。
漆でアジアがつながる。
そして、人がつながることで漆文化が未来へつながっていく。
韓国で出会った皆さんと、これから何ができるのか。
今回の出会いを一度きりにせず、日本、韓国、そしてアジアの漆文化を未来へつなぐ新しい一歩にしていきたいと思います。