日野椀の生まれる工房にて

 

「うるしのいっぽ」の冊子や当ブログの初回で紹介した「こども園ゆりかご」。冊子発行以来、数多くの反響を頂いています。今回は、同園で使用されている漆塗りのお椀「日野椀」の製作者である北川木工の北川高次さんに会いに行き、お話しを伺いました。日野椀の歴史から復活のきっかけなど詳しくご紹介します。

 

新しい発想で、日常使い出来る現代版日野椀

日野椀は、現在の滋賀県蒲生郡日野町に古くから伝わる漆塗りのお椀。諸説あるが安土桃山時代、当時の領主、蒲生氏郷氏によって広められたと伝えられ、後期には近江日野商人の最初の商品として全国に普及した。しかし、江戸時代中期になり近江日野商人の主力商品が薬に代わると次第に勢いが衰え、日野椀の製造は途絶えることとなる。

それから1世紀半以上が立った2004年、地元木工家の北川さんによって復活を遂げた日野椀。町興しの一環として、日野町や近江日野商人の末裔の方々を中心に結成された「日野椀復興の会」から打診を受けたことがきっかけだった。木工家であり、漆芸の技術にも長けている北川さんに復活のキーマンとして白羽の矢が立ったわけだが、当時は京都から日野町に移り住んでまだ1、2年の頃。もちろん日野椀のことも知らなかった。江戸時代に使われていた日野椀はほとんど残っておらず、復活と言われてもレプリカを作るのも困難な状態。漠然と成功のイメージが沸かなかったため、一度は断ったという。

どのような技法が使われていたのか、どんな形状だったのか、明確な記録が残っていない以上、再現することは難しい。しかし、行政や復興の会の想いに応えたいと考えていた北川さんは「日野椀はおそらく高級漆器としてではなく、日常使いのお椀として広まったから、残らなかったのではないか。それなら、新しい発想で、現代に日常使い出来る漆器として復活させたらどうか」と思いついた。

 

独自製法により、耐久性に優れた漆器が実現

使い捨てが当たり前の現代の中で、日常使いの漆器と言ってもそう簡単には受け入れられない。復活してもそれが広まらなければ町興しにもならないし、意味が無い。「壊れないように」「傷つかないように」と、過度に気を使って使用するようでは普段使いには選択されにくい。さらに耐久性も求められる。そこで、予てより漆器の耐久性について研究していた北川さんは、①剥離や割れを防ぐため、下地をしない②導管の太い欅を立木どりで木地を作成する③独自開発の減圧真空吸着製法(特許取得)でその導管に漆を完全に注入し、木地固めする④高分散精製漆「光琳」を使用する。といった工程を確立。木地の作成と技法で強度を増すと共に、従来製法よりも強度に優れた漆を使うことで出来上がった漆器の耐久性を格段に高めることに成功。この工程を採用し、現代版日野椀として、復活を遂げた。

余談だが、ある乳幼児施設では3年間、1日2回業務用の食洗機にかけても、当初とほとんど変わらず艶を保持しており、施設関係者も驚いているという。もちろん、食洗機にかけない方が良いのは言うまでもないが、これまでの漆器では考えられなかった耐久性が実現出来るようになった。

従来の漆器の弱点と言われる部分を克服し、気兼ねなく使用出来るようになった日野椀。デザインも豪華な加飾をせず、あえてシンプルにすることで、日常使いしやすく、塗り替えも下地をしているものよりも簡単に出来る。それでも単純にコストだけ考えると、プラスチックなどに比べればまだ高い。でも、他の食器と同じような感覚で使用でき(大切に使うということは大前提だが)、かつ壊れても修理して繰り返し使えるとなると、むしろ経済的。一つのお椀を代々受け継いでいくことで、ご先祖様を敬う気持ちや物を大切に使う心も育むことが出来、和食文化の継承にも繋がる。

「無意識の中で選ばれる道具が究極。つまり、お母さんが家事で忙しい時に、自然に手に取る食器として選ばれるもの。それが日野椀だったら、まさに日常使いの漆器として確立されている」と北川さんは考えている。その想いは利用者の間で確実に浸透しつつある。事実、生産が追い付かない程の注文が入っているという。

 

使ってこそわかる漆の心地良さ

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人気の秘密は、何も耐久性だけではない。むしろ一番大きいのは使い心地の良さだと考えられる。リピーターの多さがその証拠だ。日野椀は、「こども園ゆりかご」のように乳幼児施設で使われているケースが多い。ある園では、卒園と同時に塗り替えて記念品として園児一人ひとりにプレゼントしている。後に、その親御さんから家族全員分購入したいという注文が入るケースも少なくない。その理由の多くは、それまで使っていたプラスチックのお椀との違いに気付くからだという。プラスチックを否定するつもりは一切ないが、漆独特の口触りやしっとりした手触り、温もり。使わなければ気付かない漆の魅力を感じるのではないだろうか。

乳幼児施設で使用されたお椀を見せてもらうと、お椀のふちに子どもたちの歯形がついている。しかし、ガリッと噛むのではなく、どれも甘く噛んだあと。木と漆の口触りが気持ち良いから子どもたちは無意識に噛んでいるのだ。

一方で、高齢者や障害者施設でも使用されている。指先が不自由な方々は、どうしてもお椀を落としてしまうことが多い。北川さんはお椀の形状を工夫することで、その悩みを解決。利用者は「お椀を持つのが怖くなくなった」とか「このお椀でないと嫌」と言われるほど満足しているという。

日野椀は現在、滋賀県の特産品「ココクール マザーレイク・セレクション」にも選定されている。記念品などでの需要も多く、そのリピーターも数多い。しかし、行政は特別な広報をしているわけではない。北川さんも宣伝は一切していない。ほとんどが口コミ。江戸時代には近江日野商人が全国を歩き回って広めた日野椀。時代を超えて今再び広まりを見せている。

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